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2006年9月19日 (火)

確認が嫌がられる場合(2)

〈対話法〉による確認の言葉が合っていれば、話し手は、嬉しさとともに、さらに自分の気持ちがはっきりします。
しかし、仮に確認の言葉が違っていても、違いが明確になることによって、自分の気持ちが見え始めます。
いずれにしても、確認は、話し手本人にも、聞き手にも益になることです。

しかし、これには例外があります。それは、話し手が自分の気持ちを相手に気づかれたくない場合か、話し手自身が自分の気持ちに気づきたくない場合です。
このような場合に「確認」をすると、話し手から嫌がられる可能性が高いです。

前回は、「話し手が自分の気持ちを相手に気づかれたくない場合」について説明したので、今回は、「自分の気持ちに気づきたくない場合」を説明します。

「自分の気持ちに気づきたくない場合」というのは、もっと詳しく言うと、「自分の中に、はっきりさせたくない(気づきたくない)気持ち(行動を含む)があることを、自分でも気づいていない、そして、気づいていないことにも気づきたくない場合」ということです。

これは、深層心理学や無意識の心理学の領域の話なので、詳しく説明しだすとますますややこしくなってしまう恐れがあります。ですから、ここでは、必要最小限にとどめたいと思います。

例によって、たとえで説明します。

「自分は正直な人間である」と強く確信している人がいるとします。あるとき、自分自身や、ごく身近な人たちに関る重大な利害関係が生じて、どうしても「事実と異なること、つまりウソを言わざるをえない」状況に陥ったとき、「正直な自分」という枠をこわしたくないという観念が強いと、「事実と異なることを言っている」にも関らず、そうしている自分に気づかない場合があるのです。

これは、人間が自分の「心」を守るための、防衛機能の一種です。
いまの例の場合で言うと、自分がしている行動(事実と異なることを言う)を無意識の領域に追いやることによって、自分の心の中にある「自分は正直な人間だ」という自己像を守ろうという機能が働くということです。
逆に、自分がウソをついていることを明確に意識したとすると、「自分は正直な人間だ」という自己像と矛盾するので、心の中で(軽い)パニックが起こってしまいます。

人間は、自然と、できるだけ心が安定するような道を選んで生きています。ですから、せっかく無意識でいるのに、相手からの「確認」によって、心の中を突かれる(明確にされる)のは嫌なことなのです。

       ■発行者からのお知らせ■

昨日(9月18日)、「対話法入門講座」というブログを新たに開設しました。
こちらは、既に発表した文章も含めて〈対話法〉の解説を中心に書いていき、目次を入れた一冊の著書のような形に仕上げていきたいと考えています。

それに伴い、当ブログ「カウンセリングと対話法を語る」は、次回から、タイトルを変更して、日記・エッセイ風の内容を中心に書く予定です。
今後とも、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

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