« 相手が言いたいこと(2) | トップページ | コーチングと〈対話法〉 »

2006年8月18日 (金)

危険性を指摘する発言が許される環境

近ごろ、「関係者がもう少し想像力を働かせていれば起こらなかったかも知れない事故」が目立っている。

こんなことを考えていたら、今日(8/18)の東京新聞・朝刊の「言いたい放談」欄で、「日本人は『想像力』欠落か」と題して、演出家の鴨下信一氏が、次のようなことを書いていた。

たとえば、
「川に橋がかかり送電線が渡っていることを、川で働く〈ふつうの想像力〉を持つ人間が知らないはずがない」
「幼児を殴れば死ぬかも知れない、大勢で殴る蹴るを続ければ殺してしまうだろう、こう思う〈ふつうの想像力〉を日本人はなくしてしまったらしい」
と書かれている。

プールの吸排水口のふたが針金だけで止められていれば、錆びて外れたときに吸い込まれる人が出る。ガス瞬間湯沸かし器を応急修理したときのバイパス配線を放置すれば、さらに重大な故障が発生したときに安全装置が働かない可能性がある。
最近起こったこれらの事故は、鴨下氏が言う〈ふつうの想像力〉があれば、事前に察知できた可能性は高いだろう。

ここからは一般論になるが、この種の事故にみられる企業や個人の責任問題とは別に、人間としての心理的な要因を考えてみたい。
〈ふつうの想像力〉が大切であるということに加えて、ここで指摘したいのは、人間の中にある「たぶん大丈夫だろう」という意識である。このような先入観や思い込みのことを、心理学では「正常性バイアス」と呼んでいる(もっと正確な定義は、後で紹介するサイトで知ることができる)。関係者全員が、この「正常性バイアス」に陥っていると、危険性が放置される可能性が高くなるのである。

では、「正常性バイアス」から抜け出す方法は何もないかというと、必ずしもそうではない。ここでは、その方法の一つとしてコミュニケーションの問題を指摘しておきたい。
関係者の中には、危険性を察知しているメンバーが一人くらいはいるだろう。そして必要なのは、危険性を察知したメンバーが、遠慮なく周囲(他のメンバー)にそれを伝えられる「雰囲気」である。

逆に、「これは少し危ないのではないか」とか「このままにしておくと危険なのではないか」などと指摘したときに、他のメンバーが、「それは心配しすぎだよ」「そんな心配は素人が考えることだよ」「単なる想像で言ってはいけないよ」などのように、危険性を警告する発言を否定・批判するような雰囲気があると、なかなか言い出せないだろう。

以前、当ブログ記事の「事故とコミュニケーション」で、 認知心理学の観点からさまざまな事故の原因や対策を研究している海保博之氏(筑波大学教授)の提言を参考に「メンバーが自分の思いを、自由に、しかも頻繁にコミュニケーションできる環境が必要である」と書いたが、メンバーが、危険性について気づいたことを何でも言える雰囲気が大切だというのも、これと同じ趣旨である。

なお、具体的なスキルの一つとして、当ブログの「確認はヒューマンエラーへの対応策」で書いたような「確認型応答」の徹底がある。確認には、誤解を防ぐだけでなく、お互いの信頼感を育む効果があるため、何でも言いやすい雰囲気が醸成されるのである。

■「正常性バイアス」についての理解は下記のサイトが参考になる。

「防災システム研究所から「正常性バイアス防災心理

「ひろ子日記」から「『正常性バイアス』にご用心」

|

« 相手が言いたいこと(2) | トップページ | コーチングと〈対話法〉 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/99499/3111880

この記事へのトラックバック一覧です: 危険性を指摘する発言が許される環境:

« 相手が言いたいこと(2) | トップページ | コーチングと〈対話法〉 »