« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »

2006年8月29日 (火)

コーチングと〈対話法〉

一昨日(8/27)は、新潟県上越市の上越市市民プラザで開かれた「くびき野市民活動フェスタ2006」という催しに参加してきました。日本対話法研究会の会員である、上越〈対話法〉研究会のメンバーが、イベントの一つとしてワークショップを企画していたからです。

今回のワークショップがユニークだったのは、なによりも、日本コーチ協会日本海チャプターとの共催だったということです。
「聴くことから始めよう」を共通のテーマとして、傾聴に焦点をあてたワークを行ないました。
前半は上越〈対話法〉研究会のメンバーが、後半は日本コーチ協会日本海チャプターのメンバーがファシリテータとなって、それぞれのスキルの説明と基本的な練習である体験型のワークが行なわれました。

私は、コーチングについては、本で読んだだけだったので、私にとっても貴重な体験になりました。

コーチングでは、傾聴に加えて、クライアントに適した質問をする(訊ねる)ところに特徴があります。それによって、クライアント自身がもっている「こたえ」を導き出していくのです。

私も、参加者と2人組でコーチングを体験してみて、自分の「こころ」と「あたま」が活性化していくのを感じました。ただ、ちょっと喋りすぎて、のどが疲れましたが……。

コーチングのデモンストレーションを見ていて気づいたのは、想像していた以上に、傾聴スキル(〈対話法〉では確認型応答と呼んでいるスキル)を使っていたということです。

クライアントに適した質問をするには、相手の発言をできるだけ正確に理解しなくてはなりませんから、きちんと相手の話を聞くことが、やはり第一に必要なのだということを、コーチングから改めて学ぶことができました。

上越〈対話法〉研究会が開いている定例の練習会には、プロのコーチの方も参加しています。
コーチは、傾聴スキルだけでなく、そのさらに先のスキルを身に付けているので、どうして、傾聴スキル(確認型応答)だけを練習する〈対話法〉の会に参加しているのか、常々不思議に思っていたのですが、今回、コーチングを体験してみて、その理由がよくわかりました。

〈対話法〉は、傾聴スキル(確認型応答)だけを徹底的に練習するので、コーチの方にとっても、傾聴スキルをさらに磨く場になっているのでしょう。

ところで、「こころ」が十分に元気で、もう一歩先に踏み出したいという人にとっては、〈対話法〉の確認型応答のみでなく、コーチングのように適切な質問をすることによって、その人が自ずから活性化していきます。

イベントが終了してから、当日参加して下さった、日本海チャプター代表の木伏あづささんと、このような話をしましたが、これからも、〈対話法〉とコーチングで交流を深めて、互いの特徴を学びあっていきたいと思いました。

■主催者による概要報告がありますので、ご覧下さい。
 なお、コーチの立場からの感想としては、「上越でコーチングと対話法」が参考になります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月18日 (金)

危険性を指摘する発言が許される環境

近ごろ、「関係者がもう少し想像力を働かせていれば起こらなかったかも知れない事故」が目立っている。

こんなことを考えていたら、今日(8/18)の東京新聞・朝刊の「言いたい放談」欄で、「日本人は『想像力』欠落か」と題して、演出家の鴨下信一氏が、次のようなことを書いていた。

たとえば、
「川に橋がかかり送電線が渡っていることを、川で働く〈ふつうの想像力〉を持つ人間が知らないはずがない」
「幼児を殴れば死ぬかも知れない、大勢で殴る蹴るを続ければ殺してしまうだろう、こう思う〈ふつうの想像力〉を日本人はなくしてしまったらしい」
と書かれている。

プールの吸排水口のふたが針金だけで止められていれば、錆びて外れたときに吸い込まれる人が出る。ガス瞬間湯沸かし器を応急修理したときのバイパス配線を放置すれば、さらに重大な故障が発生したときに安全装置が働かない可能性がある。
最近起こったこれらの事故は、鴨下氏が言う〈ふつうの想像力〉があれば、事前に察知できた可能性は高いだろう。

ここからは一般論になるが、この種の事故にみられる企業や個人の責任問題とは別に、人間としての心理的な要因を考えてみたい。
〈ふつうの想像力〉が大切であるということに加えて、ここで指摘したいのは、人間の中にある「たぶん大丈夫だろう」という意識である。このような先入観や思い込みのことを、心理学では「正常性バイアス」と呼んでいる(もっと正確な定義は、後で紹介するサイトで知ることができる)。関係者全員が、この「正常性バイアス」に陥っていると、危険性が放置される可能性が高くなるのである。

では、「正常性バイアス」から抜け出す方法は何もないかというと、必ずしもそうではない。ここでは、その方法の一つとしてコミュニケーションの問題を指摘しておきたい。
関係者の中には、危険性を察知しているメンバーが一人くらいはいるだろう。そして必要なのは、危険性を察知したメンバーが、遠慮なく周囲(他のメンバー)にそれを伝えられる「雰囲気」である。

逆に、「これは少し危ないのではないか」とか「このままにしておくと危険なのではないか」などと指摘したときに、他のメンバーが、「それは心配しすぎだよ」「そんな心配は素人が考えることだよ」「単なる想像で言ってはいけないよ」などのように、危険性を警告する発言を否定・批判するような雰囲気があると、なかなか言い出せないだろう。

以前、当ブログ記事の「事故とコミュニケーション」で、 認知心理学の観点からさまざまな事故の原因や対策を研究している海保博之氏(筑波大学教授)の提言を参考に「メンバーが自分の思いを、自由に、しかも頻繁にコミュニケーションできる環境が必要である」と書いたが、メンバーが、危険性について気づいたことを何でも言える雰囲気が大切だというのも、これと同じ趣旨である。

なお、具体的なスキルの一つとして、当ブログの「確認はヒューマンエラーへの対応策」で書いたような「確認型応答」の徹底がある。確認には、誤解を防ぐだけでなく、お互いの信頼感を育む効果があるため、何でも言いやすい雰囲気が醸成されるのである。

■「正常性バイアス」についての理解は下記のサイトが参考になる。

「防災システム研究所から「正常性バイアス防災心理

「ひろ子日記」から「『正常性バイアス』にご用心」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月16日 (水)

相手が言いたいこと(2)

前回の「相手が言いたいこと(1)」のつづきになります。

ここで、例を一つ出してみます。

「今日はいい天気なので、散歩に行きます」

という発言から、この人が何を言いたいのかを考えてみましょう。

「今日はいい天気だ」「散歩に行く」あるいは「散歩に行きたい」

果たして、この人は、本当にそのことだけを言いたいのでしょうか。
それは、たしかにその人が「言ったコトバ」ではありますが、それが「言いたいこと」とイコールとは限らないのです。

人はとかく、「話されたコトバ」だけに捕らわれる傾向があります。もちろん、「コトバ」をよく聞くことは大切なことですが、コトバで言われていない部分も聞き取る、というか受け取ることも大事なのです。

これは、昔から、「言外の意味をくみとる」「行間を読む」「以心伝心」「腹芸」などという言葉でいわれてきたことです。

〈対話法〉の説明の中で、「言ったこと(言葉)ではなくて、言いたいこと(感情・気持ち・思い・意見など)に付きましょう」としているのは、こういう理由からです。

ところで、相手がコトバにしていないところに気づくには、「相手が言いたいこと」を、発したコトバの中だけからいくら探そうとしても、それは無理です。言っていない部分に、実は言いたいことがあるのですから。

そこで、どうしても「想像」(あるいは推測)が必要になってくるのです。しかし、それはあくまでも想像ですから、いくら頑張ってみても、聞き手である自分の主観や先入観が入ってしまいます。しかし、気にすることはありません。

コミュニケーションにおいて、想像、主観、先入観はいけないことである、と勘違いしている人がいます。しかし、わたしはそうは思いません。それらは、決していけないことではなく、そのままにしておいたり、想像を事実と勘違いしてしまうことがよくないだけなのです。

そして、自分の想像が正しいかどうか、つまり勘違いしていないかどうかは、相手に「確認」してみればすぐにわかります。これが、〈対話法〉において「要点の確認」が大切な理由です。

★対話法研究所からのお知らせ★

〈対話法〉バーチャル練習会というページを作りました。

練習会に参加できない方のために、練習会の雰囲気を感じていただく方法として考えられたものです。ぜひお試しください。
ご意見、ご感想をいただければ幸いです。

下記のURLから直接入れます。
http://www.taiwa.org/in/webtaiken/rensyumodel/title.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 8日 (火)

相手が言いたいこと(1)

今回のテーマは、〈対話法〉の中で最も重要な概念です。だからこそ最も難解な部分であるかもしれません。

以前、「確認における着眼点/事実と気持ち」と題して、事実だけでなく気持ちをくみ取ることの大切さをお話しました。
また、前々号では、「省略されたコトバ」という観点から、話し手が省略したコトバを補って聞くときの注意点について考えてみました。

それでは、この二つに共通しているキーワードはなんでしょうか。
それは、「コトバになっていないコトバ」です。

ところで、わたしたちが話をするとき、はたして言いたいこと(気持ちや思いなど)を全部コトバにしているでしょうか。

振り返ってみると、わたしたちは、

1.感情 2.気持ち 3.思い 4.意見

などを省略することが意外と多いのに気づくと思います。

たとえば、

「Tさんのご意見はよくわかりました。(わかったけれど、その意見に従うつもりはありません)」

「きょうは髪形を変えてきたね(なかなか素敵だよ)」

などのように、括弧の中の気持ちをコトバにすることを省略する場合があります。

これにはいろいろな理由があるでしょう。
心理的なものとしては、相手への思いやり、または自分自身を守るために、はっきり言うことを躊躇する場合です。気恥ずかしい場合もあるでしょう。
また、言いたいことを全部コトバにしていたら、いくら時間があっても足りないという、物理的(?)な理由もあるでしょう。

わたしたちは、言いたいことがあっても、それを全部コトバにしない(ときには、言いたいことにさえ気づいていない)ことがあるのです。
逆に言えば、表に出てきたコトバだけをいくら聞いても、相手が本当に言いたいことが伝わってこない場合があるということです。

ですから、〈対話法〉では、「感情や気持ちに着目しましょう」と強調しているのです。そうすることによって、相手が本当に言いたい内容に近づくことができるからです。事実や事柄だけからは、なかなか大事な部分がみえてこないことが多いのです。

-------------------------------------
【お知らせ】

■福島対話法研究会が、「県民運動“ときめき”フェスタ--うつくしま、ふくしま。夢の大交流会--」へ出展します。

と き:平成18年8月20日(日)10時30分〜16時
ところ:ビッグパレットふくしま 多目的展示ホールC(郡山市安積町日出山字北千保19−8 024−947−8010)
入 場:無料
主 催:“うつくしま、ふくしま。”県民運動推進会議
http://www.office-utsukushima.com/

-----------------

■上越〈対話法〉研究会&日本コーチ協会日本海チャプターが、「くびき野市民活動フェスタ 2006」において、「聴くことから始めよう」というテーマでワークショップを開きます。

<ご案内>
聴くことはコミュニケーションの第一歩。それは訓練によって高めることができる能力です。今年は〈対話法〉とコーチングの共同ワークショップで、聴く力を高める練習をご紹介します。

と き/8月27日(日)午前9:30〜12:00 午後1:00〜4:00
ところ/上越市市民プラザ 第7会議室
参加費/無料

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 5日 (土)

心の病を予防する

先日、東京で開かれた日本心理学会主催の公開シンポジウムに行ってきました。

「こころとからだの健康の心理学」のテーマで、3氏が話されましたが、私には、特に、久保田浩也氏(メンタルヘルス総合研究所)による「より効果的なメンタルヘルス活動への思考と方法--企業と職場を中心に--」が印象的でした。
久保田氏は、1970年代に、日本生産性本部の「メンタルヘルス研究委員会」で、筑波大学の内山喜久雄教授(現筑波大学名誉教授)らと活動をしてきた方です。

内容は盛りだくさんだったのですが、私なりに一言でまとめると、

■メンタルヘルスの向上においては、心の病気の早期発見・早期治療に力を入れるだけでは不十分であり、身体の病気と同じように、健康なときからの予防が大切である。

ということになるでしょうか。

そして、久保田氏は、「心の体操」というものを提唱しています。
講演中に、少しばかり実習をしたのですが、それによると、これは、自律訓練法を、さらに簡略化した方法のようです。

久保田氏は、この体操を、「いつでもどこでもできる」「短時間でできる」「効果がある」「機械・器具を使わない」「ランニングコストが不要」「誰でもできる」「安全である」「集団で一斉にできる」「一人でできる」などを考慮して考えたそうです。
私が提唱している〈対話法〉と同様のコンセプトであることが気に入りました。

身体の病気がそうであるように、心の病における予防的な活動の重要性を痛感した一日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »