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2006年5月19日 (金)

共感的理解は、少しくらい違っていてもOK!(2)

傾聴が、その重要性の割には、いまだに広く社会に浸透していない理由を、いつも考えている私としては、このブログにたくさんのコメントをいただき嬉しく思っている。
傾聴は、カウンセリングの基本的概念と技法であるが、それが、さまざまに理解・解釈され使われている現状をかいま見たような気がする。

ところで、ここ数日のブログ記事の中で、私は、受容・共感的理解・傾聴などの語句を、厳密な定義や区別をしないで使っている。専門家(私も専門家の一人であるが……)から見れば、とんでもないことかもしれない。

しかし、それには理由がある。
一番の理由は、それぞれが複雑かつ奥の深い概念なので、研究者によってさまざまな定義がされているため、それ(語句の意味の違いや研究者による定義の違い)を厳密に区別しながら論じようとすると、話がなかなか先に進まないからである。
つまり、ただでさえ難しい話が、ますます難しくなってしまうからである。
したがって、ここでは、それらの意味をどのように定義したとしても、常識的な範囲内であるなら問題ないとして話を進めている。

言い訳はこれくらいにして、今回、私が、「共感的理解は、少しくらい違っていてもOK!」と主張している根拠の一つを、ロジャーズの著書の中から紹介する。

『ロージァズ全集・第2巻』のなかでロジャーズは、「あまり重要でない誤り」として次のようなことを書いている。
ただし、分かりやすくするために、主旨を変えない範囲で、浅野が字句を若干書き換えたことをお断りしておく。

ロジャーズは、

カウンセラーが、クライエントの感情を不正確に理解して(つまり誤解して)、それをクライエントに言葉で伝えた場合、多くのクライエントはカウンセラーの言葉を否定するであろう。このような場合、その指摘を受けたカウンセラーが、自分の誤りを素直に認めることにより、その点についてクライエントと議論するようなことをしなければ、カウンセリングの進行にとって、なんら害になることはない。

と言うのである。

もちろん、そのすぐあとでは、

しかし、このような誤りが繰り返されると、クライエントは、自分が理解されていないという感じをもつため、カウンセリングの過程が長引いてしまう。

とも書いている。

もしかしたら、ロジャーズがこのように書いているのを知って、驚いた人がいるかもしれない。
もしそうだとしたら、それは、ロジャーズが提唱した来談者中心療法が、ロジャーズの手を離れて、かなりいろいろな方向に一人歩きしてしまった証の一つであろう。

参考文献:C・R・ロージァズ ロージァズ全集・第2巻「カウンセリング」岩崎学術出版社 1966

浅野の注:ロジャーズの名前の表記は、時代により相違がある。1960年代に日本で『ロージァズ全集』が出版された頃は、ロージァズという表記が一般的だったようである。

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